2005年5月アーカイブ

就職

| | コメント(0)

大学院進学を希望していた私でしたが,2回入試にすべり,結局就職することになりました。

当時同級生の多くがコンピュータ関係の大手企業に就職していきましたが,コンピュータに先のような印象を持った私はまったく違う分野にしたいと考え,結局編集者として採用してもらえた理工系の出版社に入りました。

10数人規模の,出版社としては中くらいの大きさの会社でした。出版物も電気や機械関係の高専や工学部で使ってもらうような教科書,参考書のような類のものがほとんどでした。ここならコンピュータは関係なさそうだし,将来数学関係の本が出せるようなれば,面白いかもと思って入ったのでした。

そんなことを勝手にイメージしながら4月に出勤すると,社長から
「これからはパソコンの時代である。君たち(この年私ともう一人が採用されていました)には,ぜひパソコン関係の本を作ってもらいたい」
といわれました。
  「えー! それじゃ話が違う」
とはいえませんでした。コンピュータに関係ない仕事とは,自分の勝手な思い込みだったわけですから。

ちょうど NEC の 8001 が出たころで,先輩社員によると前の年にこの会社で出した BASIC の入門書がバカ売れし,ボーナスが1回多く出たそうです(私が入ってからはそんなことはありませんでしたけど(T T))。

「情報処理」の授業

| | コメント(0)

私の入った大学では,学部に関係なく1年生は情報処理という科目でコンピュータに関する講義と演習を受けることが必修でした。今なら珍しくもないのでしょうが,(全員に履修させることは)「画期的なカリキュラムである」と入学のときのガイダンスで説明されていたように思います。

数学科の学生への講義と演習は,秋口からはじまり,内容は FORTRAN によるプログラミングでした。情報処理センターには東芝の大型コンピュータが入っており,私たちが入学したとき最新機種にリプレースされたばかりだったそうです。

でも,プログラムを書くためのエディタはラインエディタでした! 今の人に「ラインエディタ」といってもわかってもらえないかもしれませんが,要は画面に編集中の1行だけが表示されるタイプのエディタです。なにしろ行を編集するときには,その行を編集するという意味のコマンドを入力してからでないとできないし,演習で書かなければならないプログラムは高々20行ほどであるにもかかわらず,全体をディスプレイで確認することはなかなかできませんでした。

学生に情報処理のよさを伝えるつもりの授業だったのかもしれません。同級生の中には面白がって授業が終わってからもセンターが閉まるまでプログラミングを続けるものもいました。しかし私ははじめて触るキーボードもそうですし,ラインエディタによるストレスはとてもたまらないと感じ,それから卒業まで一度もコンピュータには触れませんでした。二度とコンピュータなんて使うものかと思ったものです。

しかし...。

古漢台で立つ

| | コメント(0)

3月末に1週間の予定で,友好都市の漢中市に中国武術の学習団の一員として出かけました。その1日,漢中市内の視察が組み込まれており,市内各所を見て回りました。

そのうち古漢台はとてもよかった。歴史的に重要な建物でその素晴らしさは,もちろんのこと,同時にその場に気が充実していて,自然に タントウ 状態になりました。じっと立っているだけで気持ちよくなり,幸せな気分になるのです。

昔から中国の都は風水に則って作られていると聞いていましたが,それを実感したものです。

次に何を書こうかと考え,前に書いた目次案をつらつら眺めているうちに,整数に関する章に目がいきました。

というのも,カリキュラムが変わって中学校の数学から整数に関する話題がほとんどなくなってしまい,それから平方根の計算などへ大きな影響が出ていると感じていたからでした(おそらく分数の計算が苦手な子が増えたのもこれが原因の一つでしょう)。

以前のカリキュラムでは中学1年のところに割り当てられていました。まずは素因数分解を計算したり,最大公約数,最小公倍数が求められれば十分なので,ここに割り当てられていたのだと思います。当然詳しい証明などはありませんし,できません。

そこで以前の教科書で扱われていた内容をなぞりながら,しかし証明に近い説明をできるだけするようにして書いていきました。

これが成功しているかどうかは,よくわかりません。しかし中学2年のときに学習する「図形の証明」とはちょっと違った味の「証明」が提示できるので,面白いと感じています。
もともと中学校の内容から稿を起こす計画だったのですが,転任した現任校は高校のみだったので,ひとまず高校の内容から始めよう。そう考えていました。
その筆馴らしも兼ねて「実数の性質」を書き始めたのですが,生徒に配布することを考えると,講義に相当する解説だけでは不十分であるように感じました。そこで急遽関連する例題とその演習問題をつけて,20ページほどの小冊子形態にしました。
この1冊で終えるつもりはありませんでしたから,内容に鑑みて「講義と演習」シリーズと銘打つことにしました。しかし最近になって講義の部分と演習の部分を分離しました。そこで改めてタイトルを考え直し,今の「初等数学入門」に変えたのでした。

このときはじめて現在のシリーズが産声を上げたのでした。
Linuxについては今ほどたくさんの解説書もなく,書籍や雑誌についていたCDからインストールを試みても,なかなかうまく動作してくれませんでした。
それ以来大分経験をつみましたし,ネットで調べることも楽になりましたから,今ならそんなに苦労することもなかったでしょう。しかし電話線でパソコン通信くらいしかネットにつなぐ環境もない頃では,一つことで行き詰まるとどうにもなりませんでした。経験豊かな先達がほしい。切実に思ったものです。
そんなうちに,FreeBSDを試しにインストールしたところ,すんなり動作し,簡単にLaTeXを使う環境ができてしまいました。

この環境で書いたはじめての文書が,初等数学入門の第4章「実数の性質」でした。いよいよ,もともとの計画が実行できる! そう思っていたのですが...。
パソコンと付き合い始めて20年ちょっとになります。この間たくさんの機種を購入し,たくさんのソフトウエアと出会いました。ここにそれを記して,自分史の一部として振り返ってみたいと思います。

大学に入ってすぐ,中学時代の友人が近くで仕事をしていることを知り,会いに行きました。彼は工業高校を卒業して電子部品関係の工場に勤めていました。彼の部屋で話をしていて取り出して見せてくれたのが,今思えば Apple I の広告でした。

当時私はまったくといっていいほどコンピュータには興味がなかったので,目を輝かせながら説明してくれる彼をある意味冷たい目で見ていたようにも思います。

「群と位相」

| | コメント(0)

指導教官によるセミナー以外にとった授業で,私の専門と近い内容を話すようにといわれました。授業担当の教官と相談した結果,横田一郎先生の書かれた「群と位相」の第4章を読むことになりました。

この章を選んだのは,教官がいろいろな空間の基本群に興味を持っていること,私自身が修士のときに研究した Fibrewise Topology に関係する典型的な例がたくさん書かれていることによります。

今日は来週の第1回のセミナーの準備として,4章全体をざっと眺めてみました。昔勉強したことを思い出しながら,記憶の抜けているところを確認したような感じになりました。
この本の魅力は,実数直線や1次元の球つまり円など,かなり明らかなものとともに直交群など古典群などが例としてふんだんに扱われているところでしょう。

代数的位相幾何学,特にホモトピー論で常識として用いられるさまざまな道具が抽象的に述べられ,それと並行して具体的な例の計算が詳しく書かれています。
大学生の頃先輩に勧められて眺めてはいましたが,そのときにはあまり面白みを感じませんでした。しかし今はものすごく面白く感じます。

図版を取り込むことを除けば,LaTeXは非常に便利な道具であることがわかり,それからもっぱらどうやったら楽に文書が作れるかをいろいろと調べてみました。
同じ頃LaTeXがバージョンアップし,今でも使われている2eというバージョンが出まわり始めていました。奥村先生の本や,アスキーから出た正式なマニュアルなどを読むと,図版をpsファイルで保存すれば簡単に取り扱えることがわかってきました。しかしその頃発売されていた,ps形式でファイルを書き出すアプリケーションはとても高価で,貧乏教師にはとても手が出ません。
さらに同じ頃,Linuxがいろいろな雑誌で取り扱われはじめ,日本語対応したディストリビューションの中には日本語が扱えるLaTeXがはじめから収録されていることを売りにしたものも出てきました。
Linuxについていくつかの本を読むと,図版がpsタイプで保存できるようなソフトが結構たくさんあることもわかってきました。

「よし,Linuxにしよう」
こう決心して作業を始めたのですが...。
Macで動くTeXはOzTeXといい,シェアウエアでした。そのため支払をしないで使い続けることに気が差しましたし,日本語を通すために前処理が必要なことも面倒でした。こういったことがなんとかならないものかといろいろ調べているうちに,インプレス社がWindows(その当時は3.1!)上で動作するLaTeXを出していることがわかりました。
職場にあったパソコンが,NECの98からWindowsマシンに置き換わったのをいい機会と考えて,個人用にWidowsノートマシンを購入しました(でもMacに比べたら,使いにくいことこの上ありませんでした)。
Mac上で書いた原稿は,行末の変換が必要でしたがそのまま移行することができ,結局11月の終わりくらいにはWindowsマシンでプリント全体を仕上げました。
せっかくLaTeXを使っていることでもあったので,職場に出入りしている印刷所にお願いして,私家版の本にすることにしました。書籍の形に体裁を整え直すのは,奥村先生の本を参考にすれば簡単でした。本の形に組みなおしてからレーザープリンタでプリントアウトし,図版は別に作ったものを張り込んで版下としました。
昔,出版社で編集の仕事をしていたときの知識が役に立ちました。

全部で200ページほどのものになりましたが,図版を除けば作業が非常に単純で,書く内容に考えを集中できることは,非常にありがたく感じました。
それからしばらくすると,Expressionistという,マウスを駆使することで数式が書けるソフトが発売されました。今ではこのタイプのアプリがどのワープロソフトにも標準でついてくるようになりましたね。
持ち上がりで授業を担当していましたが,彼らが高校2年になったとき,文系の「代数・幾何」の授業を補うために,これを使って本格的に教科書の詳しい解説を書きはじめてみました。
でも,3月の春休みからはじめて,1学期の終わり頃にはほんの30ページほどだったにもかかわらず,ファイル容量がものすごく大きくなり,非力なマシンでは文章を書いているのかお休みしているのかがわからなくなる状態となってしまいました。各ページにたくさんの式が出てくるのですから,ファイル容量が大きくなるのは当たり前ですね。
で,そんなことを何かの折に修士課程のときにお世話になっていた先生に話したところ,Mac上で動作するLaTeXを紹介してくださいました。夏休み中にTeXの基礎を詰め込んで,勉強をかねて文書を書き直していきました。ちょうど行列に関することを書き始めたところで,非常に快適に書き進められたと記憶しています。
これが私がLaTeXを使い始めたきっかけでした。
先の「今日のトレーニング」というプリントは,中学生が相手でした。内容も通常の計算練習からちょっと高度な高校入試問題を扱っていたと思います。

ちょっと話がそれますが,その頃プリント作りの道具としてのパソコンがほしく,どのパソコンにしようか大分迷っていました。どうしてもDOS系のワープロでは数式がうまくかけないので,個人的には前から好みだったMacを購入しました。
というのも,MS Word にコマンドをタイプすると数式を表示する機能が盛り込まれており,それに惹かれて買ったのでした。
この機能はMSWordにしかありませんでしたが,基本的に英語しか書けず,SweetJamという機能を拡張するパッチのようなものを入れて日本語が扱えるようになっていました(SweetJamを作っていた会社が勤務校の近くだったのでそこでMacも購入しました)。
パソコンに関することは他のカテゴリで書くことにしますが,高い買い物であったにもかかわらず,あまり使いこなすことができませんでした。
前任校で,「今日のトレーニング」と題したプリントを2年くらい作りました。1日につきB4のプリント1枚位の量で,前日に出した問題の解説と,その日の問題で構成していました。
これが生徒へ定期的に配るプリントを作り始めた最初でした。

当時はパソコンといえばNECの9801シリーズ。ワープロといえば,一太郎か松でした。私は以前から一太郎を使っていたので,それでプリントを作っていきましたが,すぐに数式や図を書くことの困難に行き逢いました。
また,DOSマシンの不自由さ。これにも大分悩まされました。
今ではどのワープロにも数式を組む別のアプリケーションが付属していますし,図を取り込むのも結構簡単になりました。しかしその頃の一太郎では,式は四則計算くらいしか書けず,図は花子を用いれば描けましたが,それをワープロの中に取り込むことは面倒だったように記憶しています。仕方ないので,多くの式と図を手書きにしていましたが,面倒なことこの上ありません。
これからワープロでの数式との格闘が始まりました。

このアーカイブについて

このページには、2005年5月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2005年4月です。

次のアーカイブは2005年6月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

ウェブページ

Powered by Movable Type 4.1