長澤亀之助による序 より

訳者である長澤亀之助による序文を以下に転載します。
「幾何学定理及問題」の成立事情を知るにはもっともよい手がかりとなるからです。

原文はカタカナ表記ですが,それだと読みにくいので,ひらがな表記にしてあります。
ただし(現代語への翻訳はあまり自信がないので),仮名遣いだけはそのままにします。

本書は拂国数学大学家カタラン氏著す所の幾何学定理及問題と題する書の増訂第六版[1879年版]を訳述し,之に若干の増補を加へたり。
抑我が国に於て近時夥多の数学書刊行せらるるも幾何学に於て学者の参考に資すべきものは殆むどあることなし。偶々一二の著訳書あるも或は作図題に偏し,或は近世幾何学に止まり,未だ今日の学者の渇望せる初等幾何学の範囲に於て平面より立体に渉り幾何学全体の良参考書なきは一の欠点にやらずや。これ抑も学者その労を厭ひて然るか,将た又稿本あるも之を出版して収支相償はざるを以て書肆之を出版するを肯むぜざるか,余その何の故たるを知らざるなり。
偶々,余と感を同うする書肆あり,奮つて之が出版に任ぜむとし,余も亦不敏を顧みず敢て大家の遺著を訳述増補して茲に印刷成る。焉ぞ独り余の本懐のみからむや。
余始め幾何学の良参考書なきを憂ひ,之が編著を思ひ立ちしが種々の事業に忙殺せられ未だ稿を脱するに及ばず,然るに時勢の要求は益々出版の促成を促がされ,適当の原本を訳述し一時の急に応じ,追って又幾何学に於てあらゆる事項を網羅せる書を編述せんとす,読者本書を以て余が思い立ちたる編著の第一編と見ば可なり。
数種の原本の中より余は二種を撰みたり,其の一はルーセ及びコンブルースの幾何学[Traite de Geometrie-Rouche et Comberousse]にして他の一は本書の原本なり。
然るにル・コ両氏の原本を棄てて本書の原本を採りしは,次の理由に基づく。
(一)ル・コ両氏の幾何学は紙数の多き割合に初等幾何学の事項に乏し[此の幾何学は近世幾何学,常用曲線,等,紙数の大部を占め,是等はさまで目今の要求にあらず]
(二)ル・コ両氏の幾何学は問題の解に乏し。
(三)ル・コ両氏の幾何学は何時にても原本を購求し得るの便あれども本書の原本は目今絶版にして原本を得難し。
是れ余がル・コ両氏の幾何学書を棄てて本書の原本を採りし主なる理由なり而して本書の原本は悉く目今我が国学者の要求に適したるものなりと信ず。
此の書の解はカタラン氏が豊富の学識を以て縦横自在に解し去りたる形跡を存し,或時は種々の場合を詳密に吟味し,又或時は読者をして自ら試みしめむとの深旨を略言するに止めたり,要するに本書の解は坊間○ぐ所の粗雑の問題解と同一ならず,余は又時として自己の意見を付し置きたる所あり。(○の所の漢字は読めませんでした。漢和辞典のサイトで調べても見つかりませんでした。もしお分かりの方がおられたらご教示くださいませ)
然るに原本は版数の六たび相重なれるにも拘らず何故か誤植極めて多く,文字に,符号に,図形に,時としては中々読み悪き所あり,余は今本書に於て一々之を訂正し置きたり。
補遺は本文になき事柄にしてそれぞれ各自の著者の攻究に成れるものにして是等広く多数を集めたき考えなりしが出版の時日と紙数とに制限せられ,充分に之を収録する能はざりしは遺憾なれども,又他日を以て増補すべし,江湖同学の士補遺に編入すべき材料の寄稿あらば啻に余の幸のみにあらざるなり。
原本中記する所のものは残らず本書に網羅せしが下註[フート ノート]にてあまり必要を感ぜざりしものは之を省略したるところあり,本文に至りては寧ろ附け加ふるも減じたる所なし。
巻首に掲げたるカタラン氏の肖像及び伝は小野藤太氏が秘蔵の書を割愛して本書の為に寄稿せられたるものにして同氏に厚誼を深謝す。
第一,第二,等は簡略の為に原本に倣ひ,1°,2°,$\cdots$と記したり。
終に臨み,工学士野津正之助氏は本書の製図に,香川県田淵一郎氏は本書の翻訳に,富山県吉岡周二氏は校正に少なからず助力を與へられたるを謝す。

訳者識す

明治三十七年十一月東京礫川竹弄軒書斎に於て

1 thought on “長澤亀之助による序 より

  1. Konami 投稿作成者

    ちなみに「ルーセ及びコンブルースの幾何学」は
    小倉金之助が
    ルーシェ・コンプルース「初等幾何学」第1巻,第2巻として翻訳しています。

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